小さなお山でいいから大将になりなさい、目白のおばあちゃんが教えてくれたこと

目白に住んでいた私の祖母(以下、ばあちゃん)は、
なかなかのビジネスマンでした。


戦後の貧しい時期に、木造のアパートを経営し、

(私の母を含めて)子供4人を、
切り盛りしながら育てあげたのです。


木造アパートと言ったって、
家の2階にある4畳半の小さな部屋のいくつかを、
貸していただけですが・・


昭和初期には、その小さな4畳半に

4人家族が何組か住んでいたそうです。



時代ですね。


そんな、目白ばあちゃんが、
まだ小学生の僕の頭をなでながら、
いつもいつも言っていたことがあります。


「小さなお山でもいいから」

「そこの大将になるんだよ」



やがて大きくなった私は、
目白ばあちゃんの教えなどスッカリ忘れ、
サラリーマンになりました。


自分の世界がほとんどなく、
外とのつながりも限定的。


でも独立できるような
才能も特技もない自分に何ができるだろう・・

結局どうすることも出来ず、
40歳過ぎまで変われない自分で行きました。


やっぱり自分なんかダメなんだ・・

このまま早く老後にならないかな・・


そう思って独立できない時期が、
もう何年も何年もずっと続きました。


ところがリーマンショックが起きて、

お尻に火がついた!


なんとか独立しようといろいろやりました。


でも自分でやってもダメだった・・

だけどこのまま老け込んでいくなんてイヤだ・・


そんな時に、ばあちゃんのコトを
思い出したんですよね。


「ヒロくん、いいかい」

「小さなお山でもいいから」

「そこの大将になるんだよ」



そうだな、一度きりの人生、
思いっきり輝かせてみたいな。

もっといろんな人と会って、
自分に自信が持てる人間として生きたい。


そう思ったけれど、正直いって、
もうちょっと待った方が良くないか・・?


そんな迷いの時期に、

メンターになってくれた人が、
こう教えてくれました。


「不安にならないチャレンジなんて」

「アナタにとって、ただの日常でしょ?」

「その程度のチャレンジで」

「成功するワケがない、変われることなんて絶対ない」

「もうちょっと時間ができたら、お金ができたら・・」

「そのもうちょっとは、絶対にこないんだ」

「結局は、キミの気持ちの問題なんだよ」



そうしてこうして、

私は最初の一歩を踏み出し、

そこから約2年半後、

私はサラリーマンの数倍の収入を稼ぐようになり、
会社を辞めて、独立しました。


ばあちゃんと、あのメンターの言葉が
今でも私のとても大切な教えです。


独立をしたお祝いに、

奥さんと行ったバリ島
(サーファーの私には聖地)

夕暮れが海に落ちていく、
とても綺麗なパドマビーチというところで、
奥さんとヤシの木の下で、シャンパンを乾杯したのを
私は死ぬまで忘れないでしょう。

チャンスは自分でつかむもの。

勇気を出してやって良かった。


自分ビジネスが、
どんなに小さい山だって、
そんなの関係ない。

じぶんのことを認められる。

自分は「起業家」なんだ。
そう、

なりきればいい。

起業家は、40点でいいから

とにかく動き出すのが大事。



脇役だった人生とは違う、
自分が主役の人生、その気持ち良さを、
多くの人に知ってもらいたいと思っています。

 

今日はこの辺で。

 

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