大人の自由ってなんだろう??

僕はこれまで「経済的な自由」「精神的な自由」「時間的な自由」この3つの自由をすごく意識してきました。

これはもうずーっと昔に読んだ、作家本田健さんのたしか「小さな小金持ち」に書いてあった話でこの3つの自由を目指して最終的に脱サラしたのです。

僕がある作家さんのホームパーティで本田健さんにお会いして、「本田健さんの3つの自由を求め続けたおかげで、今では脱サラしてデュアルライフをしています」と話したら、すごく喜んでいただけたのを覚えています。

さて脱サラしてもう5年以上たつと、また自由ってなんだろう、「大人の自由」ってなんだろうとか考えたりします。

脱サラしたらしたで、やっぱりそこに完璧なる自由なんてのは存在しないわけで、やっぱり家庭があったり、仕事があったり、社会があったりするわけです。

もちろんサラリーマンの時みたいに、会社や役職といったフレームにガチガチに入れ込まれて、ガマンガマンで息苦しいわけではないけれど、脱サラするとそこにあったのは穏やかな「大人の自由」だったのです。

じゃあ「大人の自由」ってなにかを言うとそれは、「イヤだと思うことには、ノーと言える自由」かもしれません

とくに人間関係についてはそうで、会社のように人間関係の自由がない環境では、「イヤな人、敵対的な人にノーと言えない(言わないまでも、関係を断つことができない)」ですが、脱サラするとそれはとても自由に選択し、ダメならどんどんリトライすることも可能です。

こうやって「イヤだと思うことに、ノーと言える」というのは結果として、自分が苦手なこと、つまり才能のないところから離れていける、自分が才能のあるところに近づいていけることになりますから、より生産性が増して、収入も増えていける可能性をより増していきます。

私はスピリチュアル宗教的なことを言うつもりはないですが、やはり好きなことを軸として、イヤだと思うことには、ノーと言える自由」を求めていくのはとても大切なことなんだと強く信じています。

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