「がんばれるのは好きなことだけ」と人生を振り返って思わない?

いま考えてみると小学生のときも、それから社会人になって独立してからも結局「がんばれるのは好きなことだけ」だった。もちろん「好きなことだけ」やってた訳じゃないけれど、「好きなことにつながってる」から「がんばれる」ことが沢山あったと思うのだ。僕が中高生のときにやっていた短距離走も、なんであんなに腿上げして楽しいものかと思うけど、人と競争することなくシンプルに自分と向き合えるのが好きでがんばれたんじゃないんだろうか。

好きなことの中に才能がある

好きなことは才能だ。なぜなら好きということは興味があって、喜んでがんばれるコトだから、他の人と違いが出せる。やがてその人との違いが大きな差となって「得意なこと」として自己認識できるようになる。得意なことをもっと得意にするのは、苦手なことを平凡にするよりずっとカンタンだ、と経営の神様ピータードラッカーが言っていた。つまり好きなコトを選択して続けていくと、人と「圧倒的な差」を生み出し、目立つ存在に僕らはなれるのだ。

自分の好きは言葉にしずらい

トカゲやカマキリに、好きや嫌いという感情はない。一方、人間や犬や猫といった哺乳類は「好き」という感情を持っている。これはなぜかというと、哺乳類は大脳辺縁系という「好き」という価値観を判別できる脳みそを持っているからだ。ところがこの大脳辺縁系という「古い脳」は言語を持たないため、「好き」というのは言葉にしずらい。僕らが誰かを好きになっても「なぜ好きか」というのは考えないと見つからないのはこういう理由だ。

自分の魅力は増やせる

過去がんばれたことを振り返って「なぜ自分は、がんばれるくらい好きだったのか?」と自分に質問してみてほしい。例えば僕が、短距離走が好きだったのも、いまサーフィンが大好きなのも、「シンプルに自分と向き合える」こと、そして「自然の中にいること」が好きだからだ。なぜ自分が好きなのか?その理由の中に人の個性はある。僕らは好きと個性の複合体なのだ。その中でも強く好き、強い理由こそが強い魅力のはずだ。そういった強い好き、強い理由、強い魅力があれば、僕らはがんばれるし、人より秀でて世間様のお役に立てるころが出てくる。ここにお金が循環すれば、自分にとっても相手にとってもWin-Winになっている。ブログやSNSで自分の好きとお金が直結する時代。「がんばれるのは好きなことだけ」をもっとポジティブに、僕らは考えていきたい。

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